Inter BEE 2025 幕張メッセ:11月19日(水)~21日(金)

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Industry Curation 2025.06.05 UP

【Inter BEE CURATION】 「TikTokテロリスト」 ドイツ語圏で広がる不安

稲木せつ子 GALAC

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※INTER BEE CURATIONは様々なメディアとの提携により、Inter BEEボードメンバーが注目すべき記事をセレクトして転載するものです。本記事は、放送批評懇談会発行の月刊誌「GALAC」2025年6月号からの転載です。

テイラー・スイフトに迫った危険

昨夏、テロ攻撃の恐れがあるとして、ウィーンで予定されていた米人気歌手、テイラー・スイフトの公演が中止された。捕まったのは10代の青年2人だが、いずれもイスラム過激派組織「IS」の信奉者で、攻撃性の高いテロを計画していた。主犯格ベラン・Aは「できるだけ多くを殺害したかった」と自供。彼の部屋からは未完成の自作爆弾や大鉈、300万円相当の偽札などが見つかっている。また、ISへの忠誠を誓った本人のビデオに加え、パソコンにISの宣伝動画が多数あったことから、警察はイスラム過激派によるテロと認定した。

 このテロ未遂は多くの市民を驚かしたが、オーストリア当局がアメリカから情報提供を受けるまで、ベランらの動きをまったく把握していなかったことに批判が集中。親と同居して、父親の工場で見習いをしていたベランは、髭を伸ばすなど原理主義的なイスラム思想に傾倒していたが、家族ですらベランが無差別殺傷を企てていたことに気づかなかった。

 この半年後、同国南部のヴィラッハで難民認定を受けたシリア青年(23歳)が、刃物で通行人を襲い、1人を殺し5人に重傷を負わせる事件が発生。またもや、犯人はノーマークだった。  
 極右政党は「不祥事だ」と非難したが、警察は、犯人は「数週間で過激化した」と弁明。だが、これはオーストリアに限った問題ではない。

 経済平和研究所(IEP)が今年3月に出したテロに関する報告書によると、昨年欧州で発生したIS関連の逮捕事件の6割以上でティーンズが関わっているそうだ。また、20年ほど前は、人が過激化し、テロ行為に及ぶまでの養成期間が平均16カ月だったが、最近は、数週間で過激化することがあるという。 

 この背景には、TikTokなどでイスラム思想を語るインフルエンサーの存在があり、その影にテロ組織が潜んでいる。影響を受けやすいティーンズほど、過激化するそうだ。

 断っておきたいが、TikTokなどのイスラム信者のインフルエンサーは、SNS上でテロを呼びかけているわけでない。多くは、Q&A形式でイスラム信者の生活作法を教えている。だが、なかには「ヒジャブを被らない女性は『真の信者』でないので断食をしてはいけない」など、独断的な解釈でイスラム教の善悪を説く原理主義者もいる。

過激化のスパイラル

3月にオーストリアで出版された『アラーの強大なインフルエンサー』の著者は、明確に善悪を示すインフルエンサーの言葉や生き様にティーンズは惹かれると解説する。とりわけ、いじめや社会的差別を受け、自分のアイデンティティ探しをしているティーンズの心を掴むそうだ。過激化のスパイラルはユーザーが興味を示したテーマについて、より刺激的な動画を次々表示するTikTokのアルゴリズムによって加速される。著者は、17歳の青年になりすまして、その過程をドキュメントしているが、イスラム過激派は、動画への反応をモニターし、厳格な宗教観に共鳴する若者にメッセージを送り、秘匿性が高いメッセージアプリ「テレグラム」に誘導する。より過激な動画に好感を示すと、ダークネットに誘導され、IS動画が共有されるようになる。数時間で処刑ビデオなどが共有されるようになったそうだ。

 ヴィラッハのテロ犯人は、TikTokのイスラム系インフルエンサーのフォロワーだった。次第にテレグラムで拡散されているイスラム過激派のコンテンツを貪るようになり、わずか数週間でIS思想に染まっていった。
 ターゲットにされるのは青年だけではない。ティーンガールズが惹かれるのは、元ボクサーでモデルのハンナ・ハンセンのような「改宗者」だ。TikTokで15万人近いフォロワーがいるハンセンは、「この世はイスラム信者にとっては牢獄、不信心者のパラダイスだ」と説く。孤独感や挫折感を持つ少女たちは、教義に従うことを薦める彼女の励ましで、イスラム教に傾倒していくのだ。昨年ドイツ・グラーツでテロ計画をして逮捕された14歳の少女の携帯には、ISの処刑ビデオなど、残忍な動画が4000本も保存されていたという。

 ドイツでもSNS経由で過激化する若者が増えており、秘匿性の高いメッセージアプリを通じて国を超えたテロ予備軍のネットワークが生まれている。グラーツで逮捕された少女は、前の年にTikTokで意気投合したドイツの少女(13歳)とナイフや爆弾を使った攻撃を計画した。ダークネットで爆弾入手を試みるなど、まるで小説のような展開だが、過激化のスパイラルに落ち込んだ少女たちには、現実と妄想の境目が曖昧になっていたのではないか。他方、一線を超えて攻撃を実行するティーンズは確実に増えている。オーストリアの国家保護情報局によると、1年半前のイスラム武装組織ハマスによるイスラエル襲撃以降、欧州でのテロ攻撃(未遂と犯行)は1年間で5倍に増加した。

 戦前にユダヤ人を虐殺した過去を持つドイツやオーストリアは、ハマスに対するイスラエルの非人道的な反撃について、正面から非難することを避けてきた。このことへの不満がドイツ語圏で「TikTokテロリスト」を勢いづかせているようだ。オーストリア政府は、テロ対策にメッセンジャーのチャット内容の監視を限定的に認める法改正を進めているが、市民の不安は鎮まらない。

*1 べラン・A(19歳)と、共犯の17歳はオーストリア人。バルカン半島出身者を親に持つべランは、4年前にウィーンで無差別殺傷テロを起こしたIS信奉者を尊敬していた。
*2 「一匹狼と若者によるテロ攻撃」。IEPは、シドニーを拠点にする国際シンクタンク。

【ジャーナリストプロフィール】
いなき・せつこ 元日本テレビ、在ウィーンのジャーナリスト。退職後もニュース報道に携わりながら、欧州のテレビやメディア事情などについて発信している。

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「GALAC」2025年6月号

【表紙/旬の顔】小林虎之介
【THE PERSON】小嶋雄嗣

【特集】時代劇クロスボーダー

テレビ時代劇の栄枯盛衰あるいは現在地/ペリー荻野
日本のテレビ時代劇復活のために/フレデリック・クレインス
NHK大河ドラマの現在と海外展望/藤澤浩一
史上最も美しい新選組の誕生/飯田サヤカ
時代劇専門チャンネル人気の理由/宮川朋之
〈COLUMN〉時代劇を愛する外国人スタッフ/北林靖彦
多様化する表現とクリエイターたち/麦倉正樹

【特別寄稿】テレビメディア史における「フジテレビ問題」/小牧次郎

第22回日韓中テレビ制作者フォーラム/長井展光

【連載】
BOOK REVIEW『災害とデマ』『「忖度」なきジャーナリズムを考える』
番組制作基礎講座/渡邊 悟
テレビ・ラジオ お助け法律相談所/梅田康宏
ダラクシーの秘密基地/ダラクシー賞選考委員会
イチオシ!配信コンテンツ/滝野俊一
報道番組に喝! NEWS WATCHING/平岩 潤
国際報道CLOSE-UP!/伊藤友治
海外メディア最新事情[ウィーン]/稲木せつ子
GALAC NEWS/長井展光
TV/RADIO/CM BEST&WORST

【ギャラクシー賞】
テレビ部門
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報道活動部門
マイベストTV賞

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